「神戸マラソン奮戦記」 (高尾 信太郎先生)

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    高尾先生完走


    それは、昨年5月、外来看護師さんのひと言から始まった。
    『先生、11月の神戸マラソン走りませんか?今年は初出場枠があるそうですよ』これまで10km以上走ったことが無く、無理をするとすぐに足を痛めることが多かった私にとって、フルマラソンを走ることなど考えたことも無かった。その夜、ホームページを開けてみると、昨年の大会の様子が見られた。『神戸マラソンは他と違って、沿道の応援がすごくて、感動しますよ』その看護師さんに言われるままに、ネットから出場申し込みをしようと、申込書を埋めるのだが、どうしても最後の申し込みボタンを押せないでいた。今年で56歳。体力的に自信が揺らぎ始めており、減量で少しは体重が減ったものの70Kg、わずか数ヶ月のトレーニングでフルマラソンを完走できるはずが無い、下手したら死ぬかも。悶々とした日々を過ごし、そして申し込み最終日。コンピュータの画面を見ながら、何かに押されるように申し込みボタンを押した。

    6月30日、参加合格通知が届いた。残り5ヵ月、
    42.195kmは巨大な壁として私の前に立ちふさがった。
    どのような練習をしたら良いかもわからず、週末に少し走るだけで、通勤帰宅時に、ひと駅前で下車し、家まで30分以上かけて歩くことから始めた。有名なマラソン選手の監督の本を読んだが、週3−4回のハードな練習法が書かれており、とても実践できるものではなかった。 そんな時、古本屋で『週一回のランニングでフルマラソンは完走できる 真鍋未央著』を見つけた。その後、週末には10-15kmのランニングを行い、平日にはスクワットを続けた。最初はびっこを引くぐらいの筋肉痛を伴ったが、徐々に痛みも薄れ、二ヵ月もすれば、楽に15kmは走れるようになった。10月、試しに淀川ハーフマラソンに出場した。雨上がりの淀川堤防を三往復するコースであったが、さすがに15kmを超えると急に足が動かなくなり、2時間7分でフィニッシュ。20km以上、二時間以上走ることの大変さを初体験した。しかし、フルマラソンはこの倍、完走できる自信は大きく揺らいだ。

    11月23日。当日、天気は快晴。出走3時間前には起きるようにと、朝6時起床。
    こまめな飲水とエネルギー補給をするようにとの妻の忠告を受けて、いざ、三宮へ。公園で着替えを済ませた頃には周りは多くの人で埋め尽くされており、初出場枠の『H』組へ。これは、あらかじめ目標タイムを自己申告することで順序が決まる仕組みで、『とにかく完走』を目標にしていたためスタート地点よりはるか後方で待機することになった。スタート前のセレモニーは、震災復興の話が長々と続いたが、シンボルの黄色い手袋を両手にはめたものの、心は不安で一杯。震災復興に思いをはせるどころでは無かった。
    10時。いよいよスタート。神戸市役所前、道幅一杯のランナーが次々とスタートゲイトを通過していくが、あまりにも参加者が多いため、私がスタートゲイトを通過したのはスタートの合図があってから15分後であった。
    スタートから約1km走ったところで、長いセレモニーで冷えたせいで尿意を催し、仮設トイレへ。同じようなランナーが長蛇の列。約15分並んでトイレを済ませ、いざコースに戻ってみると誰1人走っていない。沿道の応援を1人受ける形で変な気分のまま元町街を抜けると、集団の最後尾に追いついた。いつも大学に通う道筋にある湊川神社を横に見て、マイペースを守りながら長田へ向かった。5km地点通過。
    途中、小柄な女性ランナーが「みなさん、頑張って!」と言いながら、あっという間に集団の脇を駆け抜けてった。野口みずきさんだ。
    それにしても沿道の応援の人の多さはなんであろう。お年寄りから子供まで、皆が手を振り、旗を振って「がんばれ〜」と応援してくれる。
    みんな笑顔で、名も知らぬ市民ランナーたちを励ましている。ただ走っているだけなのに、なぜこんな暖かい応援をしてもらえるのか?そんなことを考えながら、新長田駅を海側に曲がりJR線に沿って鷹取へ。JRのホームを見上げると、電車待ちの人もホームから手を振ってくれている。須磨浦公園で10km地点通過。まだ道幅いっぱいの集団は途切れることなく続く。iPS細胞発見で有名な京都大学 山中教授も走っているはず、どのあたりにいるのであろう?そんなことも考えながらマイペースを守りながら前へ進んだ。
    海からは漁船からの声援も届く。沿道の人たちに励まされ、ハイタッチをかわして多くのランナーが進んで行く。まだ半分にも来ていないなか、折り返し地点から帰ってきた先頭集団が反対側を駆け抜けていく。速い!!!道は塩屋から垂水へ。ここまで15km。垂水駅前を海沿いの道に入ったところで、がんセンターの部下である、三木先生が応援しているのが見えた。まだまだ、大丈夫。足は動くし、体はしんどくない。思わず、ピースサインを送り、姿勢を正して、少しスピードアップしてしまう。部下に無様な格好は見せられない。ここでも熱烈な応援、沿道は人で溢れかえっている。
    遠くにようやく明石大橋が見えた。折り返し地点だ。しかし、まだ半分まで達していない。
    途切れない沿道の観衆に励まされ、ようやく折り返し地点に達した頃には、上半身は汗ばみ、足がだるくなり始めていた。それでもまだ18kmあたり。
    ふらふら走りながら、垂水を過ぎたあたりで、半分、20km地点を通過。ここからが未知の距離。沿道の声に導かれるように須磨の海を眺めながら進む。はるか遠くにポートアイランドが見えた。『ほんまにあそこまでいけるんかいな?』と呟く。25kmを過ぎ、須磨水族館前に来た時には、急に足が動かなくなる。ここから急に沿道の人が少なくなり、周りも半分以上の人が歩き出している。シューズの紐が足甲部に食い込み、股関節の痛みに耐えきれなくなって、道路脇に座り込む。シューズの紐を緩め、屈伸をして再び走り出す。なぜこんな辛い思いをして走っているのだろうか?もう止めようか、と何度も思いながらも、もうろうとした頭で足を引きずりながら前へ進んだ。
    何度か給水所で水分補給をし、バナナで糖分補給をしていたが、30km付近では、給水所のテーブル一面に塩昆布が置かれてあった。塩分を補給したらもう少し元気になるかもと、口いっぱいに塩昆布を放り込んだのが失敗。辛くて喉はカラカラ、ヒリヒリ、一気に疲労感が倍増。ノエビアスタジアム神戸を過ぎる頃には、下を向いて歩くことしかできなくなっていた。少し走っては歩きを繰り返し、どれくらい進んだかも頭がボーとして分からなくなってきた時、ハーバーランドに近づき、また沿道の応援が賑やかになってきた。「もう少しだから、頑張って〜」「ファイト〜」の声援、「君ならできる!」のプラカードに励まされ、また走り出した。辛い時に励ますのは、かえって言われた本人は辛いので、がん患者さんは励ましてはいけない。特に、再発患者さんは精一杯頑張って辛い思いをしているので、それ以上頑張らせず寄り添うことを考えなさい。そのように我々がん治療をする医師は教育されてきたし、そのように実践してきた。がん患者さんに簡単に頑張ってと言ってはいけない。だが、本当だろうか?辛いときこそ、心から応援してくれる優しい気持ちが必要ではないだろうか?そんなことを冴えない頭に思い浮かべながら、沿道の応援のなかをひたすら前にすすんだ。
    ハーバーランドを過ぎたところで、今度は、がんセンター看護師で今回のお誘いをしてくれた金川さんが、三木先生と一緒に応援に駆けつけてくれていた。コールドスプレーを足にかけ、飴を含ませてくれた。感謝、感謝。ここからが上りの浜出バイパス。このマラソンコースの中で最大の難所である。30kmを過ぎての上りはきつい。それを知ってか、大会実行委員会は、一般応援の入れない道沿いに、女子高校生を並ばせ、応援させると聞いていた。
    神戸マラソン最大の難所に向かって走り出した私に向かって金川看護師が叫んだ。「先生〜、女子高生が待ってるからね〜」
    女子高生の皆さんに励まされ、長い長い浜出バイパスを登りきり、ついに神戸大橋に立った時、振りかえって神戸の街を見渡してみた。あの震災から20年。今回走ってきた復興した街並み、みんな笑顔の応援を思い浮かべながら、初めてこのマラソンの意味を感じ始めていた。
    ポートアイランドについてからは、フィニッシュまでの時間を惜しみながら、しっかり腕を振り一歩一歩走り続けた。最後のコーナーを曲がった後、ゴールまでの百数十メートルの直線。あふれんばかりの沿道の声援の中、全力でゴールを駆け抜けた。
    高尾信太郎、56歳2ヶ月
    初フルマラソン完走。タイム:5時間30分57秒
    達成感と悔しさと感謝の気持ちで走り終えた神戸マラソンであった。

          兵庫県立がんセンター乳腺外科 
          神戸大学乳腺内分泌外科       高尾 信太郎



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